Others 【SUBURBAN】

1979年に竣工され築45年の軽量鉄骨造の4階建てビル。
ここを新たなBlackPepperの拠点としリノベーション工事を行なった。テーマとしては世の中の流れに流動的な対応ができるよう「コストをかけ過ぎず快適な温熱空間とデザイン性を手にいれる」だ。

 

 

まずは既存建物の説明だが、現在でも多く採用される鉄骨の軸組にALCパネルをはめこみ、外壁は塗装仕上げ・内部は石膏ボード直付にクロス貼りという状態。最上階の天井には袋入りのグラスウールが並べられていた。

鉄骨造のビルの多くはこのような設計がされているが、はっきり言って断熱については全くされていないのと同義なので一からやり直す必要があった。当社のように断熱改修ができる会社ならまずは外断熱をしたくなるところだろう。

しかし外壁材がALCであったため下地の強度不足と判断しそれは諦め、内断熱施行による断熱強化を検討した。ビルの内部外部に面する壁表面は全面に105mmの付加し壁を設け、HGW16Kを充填。最上階天井部分には300mmのHGW18Kをブローイング。

もちろん断熱材の充填部分には防湿気密シートを施し、元から見られた隙間という隙間は発泡系のウレタン断熱材で塞いだ。

 

 

窓はサッシを交換すると外壁の補修が発生するため、造作による内窓で構造上トリプルガラスになるよう設計。既製品のトリプルガラスのようにガス充填された気密性の高いものと同じにはならないが、ある程度外部側のガラスとの離角距離を設け、熱伝導のしづらい空気層をあえて作った。

2重窓でたびたび問題になるのは、室内窓の気密性が低く、屋外側が気密性が高いという本来建物が持つべき湿気の流れを逆転させたゆえの結露の可能性だが、室内側に既製品を使わず造作による気密に考慮した窓を使用したことでこの問題をなるべく回避できるよう計画した。
断熱強化の妥協点としては、最下位の床はコンクリート表し仕上げのため無断熱。1階と2階は天井の躯体表し仕上げのため、外部に面する躯体(ALCでは囲われている)からの熱伝導を許す。

一冬を過ごしてみての感想だが、室内壁・天井ともに表面温度の著しい低下は見られず、弊社が施工する住宅ほどの省エネ性はないが快適に過ごせた。心配していた床についてはやはり温度低下が起こったが、表面仕上げをに一部はカーペットを使用したり、そもそも土足での利用ということで困るほどではない。外部に面した躯体の露出もALCによって囲われていることが幸いし結露はなかった。
窓に関しても狙い通り結露は起こさずに過ごせている。経年劣化による気密性の低下などがないかは今後も注意してみていく必要がある。

 

 

以上のように正直に言って断熱は十分だとは言えないが、テーマに沿った改修という意味ではベストな選択だと考えている。
新築であれば使いたくない方法も、こういったリノベーションでは適宜性能を発揮してくれている。

デザインついてはコンセプトを「Mid Century Modern」とした。
外部はALCをどうこうすることはコスト面で考えていなかったので塗装一択であり、かつサッシの入れ替えがないので昭和建築を思わせるアルミサッシの存在感とどのように共存するかが悩ませた。塗装は塗装でも骨材を入れたジョリパットの吹き付け仕上げにし、当時の建築でもありそうな雰囲気をあえて演出。色合いだけは無難な色合いではなく、でも渋く趣を残せる赤煉瓦のような色合いにした。
私自身も初めて使う色合いだったが、「リノベーションをしました」という主張を感じさせない。当時の空気感が演出できたのではないかと思う。これからサインや植栽による演出を施すのだが、まだまだ完成していない楽しみを常に感じさせてくれる。

  

 

室内は1階のカフェスペースを除き、壁にはラワンベニヤを貼りオイルフィニッシュした。これもMid Centuryのコンセプトからセレクトしたものだが、ラワン材というのは木によって色合いが全く違うのだ。白っぽい、赤っぽい、黒っぽいとロッドによって全く色が違う。施工箇所ごとに色合いが変わったり混ざり合ったりと安定しないため、なかなかお客様にも勧めづらい材料だった。しかしラワンベニヤ特有の木目の美しさを使いたい。色合いの違いも空間に表情とメリハリを与える。「これも有りだな」と思ってもらえるモデルにしたかった。
全面ラワン仕上げとなったこの空間はどこか完成しきっていない荒々しさと、木の温もりのようなものとはまた違う洗練された人工物のようなどこか冷たいオーラもある。まさにこれこそMid Century Modernの魅力だと私は考えている。ここにこんな家具を置いて、ここにはこんな絵を飾り、空間を育てていくような感覚があるのだ。

 

 

床は絨毯仕上げで階段室とオフィスで柄を変えている。このセレクトはどちらかというとラワンの壁が引き立つ(邪魔しない)もの、という観点から選んだ。階段室はブラックトーンで照明もわずかな明るさのため暗い印象だが、これもまた1950年台に見られた建築にありがちではないだろうか?そんなところまでリスペクトしなくてもと思われるかもしれないが、私はこういった空間の浮き沈みがある方が好きだ。誰かが意図したわけでもなく、誰かにフィットする心地よさというのが建築にはあり、こういう建物は長く愛されているように思う。それが狙い通りなのかどうかは定かではないが、とにかく私は薄暗い階段室のドアから広がる部屋を想像し期待を膨らます。その一歩手前のこの空間が好きなのだ。

 

 

オフィスの家具類は全てラワンで製作したりと、とことこんこの材料は使ってみる。せっかく自社のオフィスで自分たちが自ら常に触り体験ができるということもあり、ある意味テスト的にラワンを使った。ベニヤ板というのは薄い板の積層で出来上がっているので、どうしても経年変化で表面層が剥げる等の問題が挙げられる。それが許されるものなのか、そうではないのか?こればかりは使ってみないとわからない。ということで採用した。

その他、随所に既存の手すりや扉など「古いもの」の要素を残し、リノベーション(ここでは既存利用と考える)を楽しんだ。

オフィスビルに限った話ではないが、リノベーションではそもそも既存の特性というものを活かす必要がある(必要がないなら壊せばいい)。そんな中でデザイン性と温熱環境の両立というのは、時として相反する部分が多くそのバランスを取るのが非常に難しい。
新築住宅では1から材料の選定ができるので、「まちがいなくこちらを使いたい」と材の選択は楽だが、リノベーションの場合そうはいかないのだ。

 

 

しかしこれは新築で高性能住宅を作る技術があり、材料のメリットデメリットを理解している者でなければそのバランスを保つのは難しいだろう。私たちはデザイン事務所という立場を守りながらも高性能住宅を造り続けている。
そんな我々にしかできないリノベーションが確かにあり、改めてそれを実感し、それは我々の強みなのだと強く確信した現場だった。

ビルの名前は「SUBURBAN」と名付けた。訳せば「田舎者〜」と言ったような意味がある。一見するととバカにされているような印象を抱く人もいるだろう。しかしこの長野という夏冬で過酷な環境をくれる地域だからこそ手に入れられた技術とスピリッツがある。我々はただの田舎者ではない、我々にしかできない特別なことを発信していく拠点というリスペクトを込めた。

ビルの一階には「Deeper and Deeper」 というカフェがある。あいにく現状はカフェ営業はしておらず、SUBURBANを利用する人にだけ開かれた特別な空間だが、ぜひこのビルに御用がある方はここで癒やされてほしいと願う。
さらにウッドデッキの屋上が設けられ、長野市を一望できる。まだまだこのビルの活用方法は模索中であるが、ここを利用する人が建築に触れ特別な気持ちを持てる場所にしていきたい。

 

 

施工事例【SUBURBAN】

この記事を書いた人

竹内恵一
竹内恵一空間デザイナー
1987年生まれ|2級建築士・東京にてショップデザイン専攻
地元長野に戻ってからはグラフィックを扱う企業へ就職するも、空間デザインの世界が諦めきれず、数年後には起業を果たしBlackPepper LLPを設立。軽井沢の別荘建築で現場の経験も積みながら、デザイナーとしての道へと本格的に歩みを進める。2017年6月には株式会社BlackPepperを設立。同社取締役デザイナーとして、主に住宅・店舗設計を手がけている。

一見、住宅と店舗ではかけ離れているような分野だと思えるが、考え方や求められていることが違う分、別視点からの柔軟な発想を両デザインに落とし込むことができている。今もなお両立しているこのスタイルは妥協のない空間づくりへの姿勢の表れであり、今後も理想を描き続けるための核とも言えるだろう。